ダラダラするのは子どもの権利?!
学校に行かなくなると、つい、ダラダラと過ごしてしまいます。
マンガを読んだり、テレビを見たり、ゲームをしたり。時間を持て余したり。
そんな姿を毎日見ていると、親は、とても不安な気持ちになってしまいます。
はた目には、、ダラダラして、だらしなく映る子どもですが、なんの、捨てたものではありませんよ。
ずっと以前、映画監督の山田洋二氏は、「ダラダラするのは、子どもの権利」と言いました。
子どもは本来、自分のうちに、成長する可能性とエネルギーを持っているのです。
私は、それを、私の娘から学びました。娘のことを少し話します。
私の娘は、今、高校2年生です。正確に言うと専修学校の2年生です。
美術を学んでいます。今は、日本画に取り組んでいます。
娘は、小学校の4年生の時から学校に行かなくなりました。中学校の3年間も学校には行っていません。
私たち両親は、共働きでしたので、娘は、1日のほとんどを一人で過ごしていました。
家族が仕事や学校に出かけてから、起きてきます。
することといえば、マンガを読むこと、テレビゲームをすること、テレビを見ることでした。
それはもう、やる気も意欲も見えないだらしない様子に見えました。
5年生になったとき、娘用のパソコンを買いました。
それ以来、パソコンも日課になっていきました。
学校の勉強は、やらなければという気持ちはあるようでしたが、6年間の不登校の期間中、ほとんど手つかずでした。
でも、娘の様子を見ていると、とても興味深いものがありました。
だんだんと生活のリズムができていくのでした。
起きる時間、マンガを読む時間、パソコンをする時間などがパターン化してきます。
その中に、ちょっとした変化が現れることがありました。
ある日、私たちが仕事を終えて家に帰ると、味噌汁が作ってありました。
誰にも教えてもらったことないのに、娘の創作でした。
だしはとってありませんし、具はレタスでした。でも、味はとてもおいしかったのです。(娘が作ってくれただけで)
長い時間の経過の中で、変化は、いくつも出てきます。
読むだけだったマンガが、いつしかマンガのキャラクターを描くようになりました。
テレビの番組の中に、ニュースが入りました。
兄の影響もあって、読書もするようになりました。
自分の思いを、パソコンの中に綴るようにもなりました。
部屋の中には、本とスケッチブックどんどん増えていきました。
ある日、パソコンの中に綴られた詩を見せてくれました。
限られた空間と時間の中で、自分を見つめつづけた詩でありました。
6年間、私たち両親が、娘にしてやれたことは、ほとんどありません。
1日1日を、共に時間を重ねていくことぐらいでした。
しかし、その中で、娘は、確かに成長していきました。
娘自身の中に、成長する力が存在していたように思われます。
中学3年生になる頃、インターネットを駆使して、自分の進学できそうな学校を調べました。
小学4年生から、学校の勉強をしてこなかった娘が行ける学校は見つかりません。
そんな時、今通っている学校を紹介されました。
大好きな絵の勉強ができるコースもありました。
わらにもすがる思いで、学校見学を申し込み、体験入学にも通いました。
6年間学校に行かなかった娘が、今は、毎朝5時半に起き、2時間かけて学校に通っています。