進路の決定、選択   中3、進路決定を、慌てないで   2005.9.19


中学3年生の秋は、進路を決める重要な時期です。
焦っていませんか。
不登校ならなおさらです。
やはり、高校には行きたい。高校には行かせたい。
誰もが思うことで、当然のことです。
でも、高校に行くことだけが、進路ではありません。
中学校卒業と同時に進学したり就職したりすることが進路ではありません。
あせりは禁物です。
不登校の子らは、不登校という状況の中で、自分探しをしています。
自分探しとは、「自分の進路を考える」と置きかえられます。
すなわち、進路選択をしているのです。
中学卒業は、そのためのひとつの機会かもしれませんが、それはあくまでも機会です。
いま、急ぎすぎる必要はありません。
急ぎすぎてはいけません。
私の娘の話をしましょう。少し時間をとって、聞いてください。
私の娘は、小学校4年生の2学期から学校に行かなくなりましたので、
ほとんど勉強らしい勉強はしていません。
また、勉強をさせられる状況ではありませんでした。
中学3年生になって、夏の家族旅行の話をしたとき、
「私は受験生だよ。旅行なんて行っている場合じゃない。」
と、彼女は言いました。
自分の置かれている状況をちゃんと認識しているのでした。
また、それは、中学卒業を期に、不登校に終止符を打とうという彼女の心の表れでもありました。
彼女の「進路選択の作業」には、そのような大きな意味がありました。
かと言って、見通しはありません。
だから、次のようなことを大事にしました。
決して、焦らないこと。
自分の中に育ててきた思いや希望を大切にしよう。
高校に入ることを第一にするのではなく、なりたいこと、やってみたいことができるところを探そう。
自分の目で見て、肌で感じて、合うところを見つけよう。
そして、見つからないかもしれないことを覚悟して。
「受験生と言っても、どんなところに進学したいの?」
 私たち親には、彼女が進学できるような高校は、思い浮かびませんでした。
彼女にも此処に行きたいというところはなかったようです。
でも、彼女は彼女なりに、考えていました。
「絵を描くか、声優になる勉強ができる所があればいいんだけど。」 
彼女が不登校の6年間を通して、育ててきたものです。
インターネットを駆使して、彼女なりに自分の行けそうな学校を探していたようです。
「いろいろ、あるけど、みんな高卒が条件だから、無理。」と不安そうな表情を見せました。
彼女が探していたのは、専門学校でした。
勉強をしていないから、受験は無理だと考えていたのでしょう。
それから、親子で、不登校の子でも行けそうな学校を探したり、私学展に出かけたりしましたが、
行けそうなところは、見つかりません。
中学校の先生も美術の勉強ができる学校のパンフレットを用意してくださったが、
彼女の学力では、無理なところばかりでした。
そんな時、「親の会」に来られたお母さんから、ある専修学校のことを聞きました。
美術や音楽を中心にした学校です。
高校卒業の資格も取れるそうです。
パンフレットを貸してもらいました。
何度も何度も、パンフレットを見ていました。
「一度、行ってみようか。」
彼女は、うなずきました。
学校に電話をかけ、家族で、出かけました。
夏の暑いあつい日でした。そこは、小さな学校でした。
夏休みですが、生徒が集まっていました。
もくもくと絵を描く子やダンスの練習をしている子がいました。
ギャラリーには、生徒たちの作品が展示してありました。
そこで、学校の説明や話を聞きました。
学校の中も見学させてもらいました。
入学試験は、デッサンと面接です。
体験入学ではデッサンの仕方を教わりました。
これまで、我流で絵を描いていましたから、人に教わるのは初めての体験でした。
その後、体験入学に何度か通い、デッサンの練習をしました。
学校発表の見学にも行きました。
「此処ならいいかも。」という思いが生まれてきたようでした。
数度の体験入学の中で、声を掛け合う人もできました。それも、励みになったようです。
徐々に、巣立ちの準備ができていったように思います。
6年の不登校の中で、家を自分の居場所、世界として、自分の心を育て、希望を育てながら、
今、より大きな世界へと歩みだす支度をしていうように思えました。
機が熟すれば、自然と動き出すもの。
動ければいい、でも、動けなければ、また、それもいい。
そのときまで、待ってもいいのではないでしょうか。
私の娘は、6年の年月をかけて、自分探しをしてきました。
それは、今も続いているようですが。