高校生の不登校  6万7500人

高校生も不登校に
中途退学する高校生
「教育改革」と変わる学校
競争させられる子ども
レールの上を走らされる子ども

「高校生の不登校」   その1

  高校生も不登校に      2005.10.06


不登校の高校生が67,500人もいるそうです(9.22文科省発表)。国公立で49,891人、私立で17,609人です。
全高校生の1.82%、100人につき2人ぐらいが不登校だということです。

このうち、中学時代に長期欠席の経験のある生徒は、14,245人です。
せっかく、高校に入れたのに・・
なぜ、不登校になるのでしょうか、
なぜ子ども達は、ここまで、苦しまなければならないのでしょうか。

小・中学校での不登校者数を合わせると、20万人近い子どもが不登校になっています。
不登校は、どうしても、子ども自身や家庭の問題ととらえられがちですが、このような状況を見ると、不登校を生み出す環境や条件が学校や教育制度の中にあると考えるのが自然ではないでしょうか。

文部科学省は、9月22日に、「生徒指導上の諸問題の現状について(概要)」を発表しました。
その中で、今回初めて調査項目に挙げた「高校生の不登校」についても触れました。当日のニュースで取り上げたテレビ局もありましたが、ほとんどのテレビ局、新聞社は、小学生の暴力行為の増加は報じても、高校生の不登校については触れませんでした。
理解に苦しむ現象でした。私には、意図的に無視したように思えてなりません。低学力の問題は、教師の資質に責任転嫁すれば誤魔化すことができますが、不登校の問題は、教育制度、教育政策を問いますから。
今、私は、不登校の子ども達と一緒に勉強しています。
どの子も、勉強することが好きです。考えることが好きです。
学ぶことを欲しています。このことは自信をもって言えます。

では、なぜ、その子らは、学校に行かないのか。
それぞれに、理由があるようです。

これから、しばらくの間、このページで考えてみます。


高校生の不登校  その2
中途退学する高校生     2005.10.07


高校は、義務教育ではありません。
ですから、高校に進学するか否かは、自由です。
また、高校入学後も、退学するか否かの自由もあります。

高校を中途退学した生徒は、2004年度、77,897人です。高校生の100人に2人が退学しています。その内、1年生での退学は、40,753人です。実に、100人の内3〜4人退学しています。義務教育ではありませんから、退学することは、いわば自由です。しかし、退学の理由の第1は、学校生活・学業不適応で、38.4%を占めます。第2は、進路変更で、34.3%です。進路変更の内容を見ますと、半数は、別の高校や学校へ編入学をし,半数は,就職を希望しています。さらに、学業不振が6.5%です。この3つを合わせると、実に8割に上ります。


また、高校生の不登校は,67,500人です。(この内の24,752人は退学)  原級留置(留年)は、19,570人です。
退学者や不登校,留年など学校に行けなくなった高校生は,140,215人もいます。高校生全体の、3.8%です。
高校生の25人に1人の割合で,高校に行けなくなっていることになります。


せっかく,高校受験を耐え忍んで,念願の高校に入学できたのに,高校に行けない通えない子ども達が、これだけいることに愕然とします。


この現実を、どう理解すればいいのでしょうか。

今、京都の高校は、総合学科を設けたり、中高一貫高を作ったり、各高校の特色を競いながら大きく内容変えつつあります。公立、私立を問わず、高校間の競争が激化しています。スーパーサイエンス・ハイスクールという超エリート高も作られています。小学校も、有名私立大学が付属小学校を解説する予定で注目を集めています。入学に150万円も必要とするそうです。
小学校から高校・大学まで、学校の様子や教育の内容が大きく変貌する中で、高校に行けない子どもが25人に1人います。これを単に、自己決定、自己責任ということですませていいものでしょうか。


高校生の不登校   その3
「教育改革」と変わる学校   2005.10.09


今、「教育改革」がすごい速さで進んでいます。

その「教育改革」の特徴は、超豪華小学校の出現、中高一貫教育による高校付属中学校の設置、スーパーサイエンス・ハイスクールなどに見られるようなエリート校の創設に見られます。

1984年に始まる臨時教育審議会から1998年の中央教育審議会までに提唱され、実行されてきた「教育改革」の主な内容は、は、「自己教育力の育成」「新学力観」「「特色ある学校づくり」であり、「ゆとり教育」「生きる力」などの言葉で表されてきました。これらとともに、「個性の尊重」「能力に応じて」も見逃せません。

「新学力観」が提唱されたときに、学校現場で使われた言葉は「その子なりに」でした。できる子はできる子なりに、できない子はできない子なりに、ということです。できること、できないことも個性だというとらえ方です。ここにおいて、どの子にも確かな学力を保障するとした教育観、学力観は学校現場の片隅に追いやられました。

「ゆとり」や「生きる力」という名の下に、学校には、少人数学習と銘打って習熟度別授業が持ち込まれました。つまり、能力に応じた授業が制度として作られたのです。

能力に応じた教育は、小学校や中学校に位置づけられ、高校は、学校種や課程によって能力別に再編成されました。

「教育改革」とは、つまるところ能力主義教育制度の確立を目指すものだったといえます。

前教育課程審議会会長の三浦朱門氏は、エリート教育とは面と向かって言えないから、「ゆとり教育」と言っていると公言してはばかりません。

この「教育改革」は、子どもの生活や親の意識に強く影響を及ぼしました。


高校生の不登校  その4
競争させられる子ども    2005.10.1


「教育改革」で大きく変わったことは、塾や教材開発などの受験産業が盛んになったことです。子どものいる家庭には、小学生から高校生まで、毎日のように家庭教師の勧誘の電話がかかってきますし、街には、サラ金の看板と同じほど予備校や塾が繁栄しています。

中学や高校の受験競争は激しくなっていますし、小学校の受験までもが盛んになっています。10月6日の新聞に「学力は学校より塾でつける」という内閣府の調査結果が載っていました。小学校の校門前に、放課後になると塾へ送るために親が車を並べる光景も見られるようになってきました。親が集まれば「お受験」の話題に花が咲くと言います。

親は、時代の流れに乗り遅れまいと、そして、将来の子どもの幸せを考えて、子どもを塾に入れます。子どもは親の期待に応えようと励みます。

風邪をひき学校を休んでも、塾は休まない子。学校の宿題よりも、塾の宿題を優先する子。それに疑問を持つ私の考え方は、もはや通用しない時代になっています。

塾と同じように子どもの生活の中に大きな比重を占めてきたものに、スポーツクラブがあります。少年野球、サッカー、ミニバスケット、バレーボール、スイミング、体操クラブ等々。子どもの生活から遊びが消えて、これらスポーツクラブが生まれてきました。

本来、子どもが子どもらしくいられる時間や空間が、子どもの世界から消えていきました。

(少年野球に所属していた中学生が、死にました。試合に負けた罰として、試合後の追加練習によって。いわば、しごきによって。・・・・・野球は、楽しみながらするものでなくなったのか。)

高校生の不登校  その5
レールの上を走らされる子ども達


不登校になった高校生が言いました。

「今まで、ぼくは、何でもお母さんの言うとおりにやってきた。塾へ行くのも、スイミングに行くのも何でもかんでも、お母さんの言うとおりにやってきた。」

15年間、この少年は、お母さんの期待を一身に受けて、それに応えようとやってきたのでしょう。学校に行けなくなって、自分を振り返ってみたとき、それに気づきました。

親は、子どものためにと思って、運動をしたり学習したりできる環境を作ってやろうとしました。子どもは、それが自分に対する親の愛情、自分への親の期待と受け止め、子どもなりにがんばろうとしました。それに応えられている間はいいのですが。

運動したり勉強したりする場から退場した子どもには、自分で歩いてきた跡が見えません。人のために、人の意思にあわせて歩んできた軌跡だから。

先に見たように、今日の教育は、国際化、情報化の時代の中で、国際的な競争に負けないための人材育成が中心をなし、そのための教育政策が、「教育改革」という名の下に急速に推し進められています。その軌跡は、まさに、不登校の社会問題化と増加と符合します。

それは、また、子どもの世界から子どもらしい時間と空間が失われていった時期でもあります。まさに、不登校は、こうした時代、社会的環境、教育政索の下に引き起こされてい社会事象なのです。

不登校は、そうした非人間的な政策や環境に対する人間性の回復を訴えかけるものと理解することができるのではないでしょうか。

不登校は人間性回復への歩みの始まり、自分さがしの始まりと言えるのではないでしょうか。

今までは、お母さんの言うとおりにやってきたけれど、これからは、自分で考えながらやっていくよ。そのように先の不登校の高校生は叫んでいるように思います。不登校は、自立への宣言なのです。

自分自身の人生のスタートラインについた子どもを、応援したいものです。