陰山英男氏の不登校認識を疑う?!
京都新聞、京都中央信用金庫の広告内での不登校問題に関する発言について  2006.11.03

私のパソコンには”かげやま”氏の”かげ”に該当する文字がありません。失礼ながら”陰”の文字を使わせていただきました。
ご容赦下さい。


11月3日(金)の京都新聞に、京都中央信用金庫の広告が載っていました。「子どもにも大人にも自ら学ぶ風土を再び。」と題した理事長の布垣氏と陰山英男氏の対談形式のものです。その記事の中に、?山氏の次のような発言がありました。

「不登校生を指導しているある機関では、朝、定時に自分で起きる習慣をつけさせているそうですが,朝きち
んと起きられるようになれば不登校から抜け出せると言っています。」

つまり、不登校から抜け出す方法論として、「朝きちんと起きられるようになること」を明示しています。

陰山氏は、他者の言葉・考えの紹介・引用という形で述べていますが、自論の展開の後の紹介・引用ですから、自論の補強あるいは証明として使っているといえます。つまり、陰山氏もこの考え方に立っていると言えるでしょう。

 子どもたちが不登校になるには、さまざまな要因があります。不登校の子どもたちへのかかわり方は、一人ひとりの子どもへの理解の上に成り立つものです。陰山氏のように、自論に即して一つの考え方を一般化することは、子どもへの理解を妨げるばかりか、誤った対応を生じさせる恐れさえあります。教育再生会議のメンバーで、マスコミなどにも登場している陰山氏の発言ゆえに、不登校の子どもたちへの対応として誤ったメッセージとなる危惧を私は覚えます。

この発言は、布垣氏が、「陰山先生は、『百マス計算』など『読み書き計算』という勉強の基本を反復学習
させる、あるいは、『早寝・早起き・朝ご飯』という生活習慣の健全化を提唱されるなどして大きな成果をあげられましたが、思えば・・・・それが昔から続いてきた日本の教育方法だったのですね。」と、陰山氏を賞賛した後、陰山氏が、「反復学習」と「早寝・早起き・朝ご飯」について説明したところに出てきます。長くなりますが、その部分を引用します。

「次に、『早寝・早起き・朝ご飯』ですが、子ども達の基礎学力低下が問題になり始めた頃、なぜ成績が下がるのか調査しました。するとやはり生活習慣の崩れが問題でした。私は一番の原因は睡眠不足だろうと思っていたのですが、結果は意外にも『朝ご飯抜き』。当然といえば当然で、体も脳も伸び盛りの子どもに、朝の栄養を補給していないわけですから、脳がしっかりと働いていない。また、人の体内時計は朝にリセットされますね。これが狂うと生体リズムが壊れ、健全な生命体としての活動ができなくなります。不登校生を指導しているある機関では、朝、定時に自分で起きる習慣をつけさせているそうですが、朝きちんと起きられるようになれば不登校から抜け出せると言っています。」

これを受け、布垣氏は、次のように続けます。

「すると初等教育の基本は家庭にあるということですか。家庭できちんとした生活習慣を身につけ、基礎学力を養えば、子どもが自信を持ちますね。自信の付いた子どもは、学力・気力・体力・コミュニケーション力を合わせた総合力のある人間に育ちます。・・・」

そして、陰山氏は、さらに続けます。

「2003年頃から子どもの学力低下が叫ばれるようになりました。百マス計算が注目されはじめた頃ですが、この時期には子どもの学力は回復しかけていたのです。ところが、不登校生やいじめ、対教師暴力が増え始めた。一つの問題が解決方向に向かう代わりに別の問題が生まれてきたとすれば、もっと根本的な問題があるのではないかと考えたわけです。それが、生活習慣。生命体としての子どもの活動に注目した理由です。」

 両者共に、基礎学力を身につけること、きちんとした生活習慣を身につけることの大切さを述べられたのですが、そこへ、陰山氏が不登校問題を挙げてその根拠を示されたのです。当然に、不登校問題へのメッセージが生じてきます。

 私には、この両者の発言からは、次のようなメッセージが伝わってくるのですが、どうでしょう。

"不登校やいじめ、対教師暴力などの問題は、根本的なところで、生活習慣の崩れに起因しているのですよ。きちんとした生活習慣と基礎学力を身につけなければ、人間として立派に成長できません。「早寝・早起き・朝ご飯」をしっかり守って、不登校から抜け出しましょう。"

私が、今、関わっている不登校の子どもたちの中には、いじめによって学校に行けなくなった子どもがい
ます。学校に行きたくても、怖くて行けない。そんな子どもがいます。また、先生が怖くて、学校に行けない子どももいます。クラスの中に居場所がなくて行けない子どももいます。

 この子どもたちに、そして、この子どもたちの親に、?山氏の発言はどのように響くのでしょうか。また、この広告を読んだ人たちは、?山氏の発言をどのように受け止めるのでしょうか。

不登校の子どもたちや、その親たちは、これで、また、自分を責め、苦しむことになりはしないか。周り
の人たちの不登校への不理解を広げはしないか心配です。

 不登校の子どもの中には、昼夜逆転の生活になる子どももいます。生活リズムの崩れというよりも、昼夜逆転の方が過しやすいという場合もあるのです。例えば、不登校だった子どもが学校へ行き出すとき、それに合わせて、生活リズムを変えます。学校に行くためのリズムが必要だからです。この場合、学校へ行こうという動機や意思が先行します。そして、学校へ行くためのリズムを作り上げていくのです。生活リズムを「早寝・早起き・朝ご飯」に変えたからといって、学校へ行こうという意思が生まれるわけではありませんし、「不登校から抜け出せる」わけではありません。

また、陰山氏の認識には、いくつかの誤りがあります。たとえば、不登校数のピークは2001年です。それ以後の4年間は、微減または横ばいです。学力の問題と不登校の問題は、併行して深刻化してきました。そして、どちらも、今尚、深刻な社会問題です。

 陰山氏が、なぜ、このような発言をされたのか、理解に苦しむところです。単なる認識不足なら未だしも、意図的なものならば、事は重大です。敢えて、子ども達にかかわる問題の原因が家庭にあるとし、不登校の原因を生活習慣の崩れとしているのですから。

この広告は、京都中央信用金庫のイメージアップを図る目的の広告です。わざわざ、不登校問題に触れる
必要があったのでしょうか。たとえ、広告であったとしても、社会的に影響を持つ新聞紙面上の対談で、不登校問題を論ずるのならば、いえ、何かを論ずるのであれば、それに対するある程度の認識が必要なのではないでしょうか。