1学期がもうすぐ終わります
学期末を向かえて
      2006.7.04


7月になりました。2週間余りで、1学期が終わります。
学期末は、子どもの成長を見つめる良い機会です。
親子で、そして、親と先生で、子どもの成長の跡を振り返れると良いですね。

親の目から見た子どもの様子。
先生の目から見た子どもの様子。
率直に交流すると、きっと、そこに、子どもの成長の跡が見られます。
それを確かめ合えると良いですね。

そこで、以下のことについて提案します。

1.話し合いの機会は設けられていますか。

小学校でも、最近は、個別懇談が行われていますし、中学校では、三者面談が行われます。
これらの懇談も、子どものことを話し合う良い機会ではありますが、何分、10分か15分の時間ですから、1学期を振りかえるには余りにも短すぎます。また、不登校の子どもについては、単に担任の先生の取り組みだけ終わるものではありませんから、学校長や不登校担当の先生も交えた話し合いの場の設定が望まれます。

本来なら、学校の方から、話し合いの提案があってしかるべきですが、もし、提案がなければ、親の方から申し出てみると良いでしょう。

2.話し合いのテーマを設けてみてはどうでしょう。

親と先生で話し合う時には、
1)ありのままの子どのも姿、様子を理解しましょう。
2)どんな小さな変化や出来事も、子どもの成長として理解してはどうでしょう。
先生の目から見た子ども、親の目から見た子どもについて率直に話し合いましょう。
そして、その中にある子どもの願いや要求に思いを巡らせてはどうでしょう。

きっと、その中から、親として子どもにしてやれること、先生として子どもにしてやれることが浮かんでくるでしょう。

ややもすると形式的な話し合いで終わることが間々ありますが、そんな場合、
1)子ども理解(子どもの現在の状況をどう理解しているか)
2)課題設定(今この子に必要な事柄は何か)
等について、共通理解ができるように話し合って欲しいと、親の方から提案しても良いでしょう。

3.通知表の表記について

学期末、特に1学期の終わりには、通知表をどのようにつけましょうかという問いかけが学校の方からあります。
主に教科学習の評価についてですが、評定欄を「空白」にするか、しないか、という問いかけです。「空白」でない場合は、「1」がつく場合がほとんどです。

この場合、親は、「空白」か「1」か、どちらかしかないかのように思いがちですが、そんなことはないのです。
通知表は、子どもの学習や生活の様子を保護者へ伝えるためのものであって、学校の裁量によって便宜的に作られているものなのです。
学習指導要領に基づく評価に関しては、「学習指導要録」というものがあります。これは、公文書です。高校入試の際の内申書などは、これを元にして作成されます。

わたしは、不登校の子どもへの通知表は、登校している子どもらと同様に画一的に作成する必要はないと考えます。
学校に行っていなければ、いないで、学校として、どのように子どもの教育権、発達権を保障する取り組みをしてきたか、もっと明確に言えば、「学校に来れないこの子のためにどのような教育課程を編み、実践してきたか」、そのことを視点にした通知表が作成されて然るべきではないかと考えています。

どのような通知表にされるかは、先生や学校で工夫してもらえるようにお願いしてみてはどうでしょう。

4.夏休みを楽しく過ごせるように

不登校の子どもにとって、夏休みは、学校の呪縛(学校へ行っていないという意識)から解き放たれる時です。

不登校の子ども達にも、先生から、明日からは、夏休みだよ、と声をかけて欲しいものです。
その一言で、子どもの気分は、とても楽になるようです。

夏休みだから、特別なことをやらせようなどとは、くれぐれも思わないで下さい。
そんなことよりも、どのように過ごすか、子どもの声を聞いてやって下さい。

夏休みになると、学校に行っていなかった子どもにも、学校に行っていた子ども達と同じように夏休みの課題(宿題)が出ます。宿題とは、授業を補完するものですから、授業を受けていない者にも画一的に出されるのは、不可解です。
学校に行っていない子の、学習の進み具合は、一人一人違います。もしも宿題を出すのであれば、その子の状況を理解した上で、適切な課題を出してもらえるよう、お願いしてみてはどうでしょう。この場合も、子どもの思いを十分に聞いた上でするのが良いでしょう。

学校に行っていない子どもにとっても、いや、行っていないからこそ、夏休みは、重要な意味を持っています。
子どもの声をよく聞いて、楽しい夏休みを応援してあげてください。