少年法の改悪
2007.4.25
4月13日に、文部科学省と法務省は、“少年院や刑務所などの矯正施設の受刑者が、施設内で「高校卒業程度認定試験」を受験する際には、施設の職員による監督だけでよいようにする”と発表しました。
2006年に、監獄法に代わって刑事施設・受刑者処遇法が施行されました。それによって、“受刑者の更生や円滑な社会復帰を目的に、施設が受刑者に勉強を義務付けることができる”ようになりました。
そして、勉強の目標として“高校卒業程度認定試験”の受験を希望するケースが増えているそうです。
しかし、これまでは、施設内で受験する際には都道府県教育委員会から監督者を派遣してもらうことが必要で、また、一般会場で受験する際には、施設職員の付き添いが必要でした。
教育委員会や施設が忙しいときには受験できないこともあって、今回の是正措置になったようです。このこと自体は望ましいことのように思えます。
しかし、今、国会に、政府が提出し、成立をめざしている法案の一つに「少年法改正案」があります。
その法案の内容は、現行法では“14歳以上に限られている少年院送致の年齢下限を撤廃する”というものです。つまり、法に触れる行為をした子どもは、年齢にかかわることなく少年院へ送致することができるというものです。
また、14歳未満で法令に触れる行為をした「触法少年」や将来犯罪を犯す恐れのある「虞犯少年」に対する警察官の任意調査権を明文化し、「疑いのあるもの」を発見した場合には、必要があれば調査できるとするものです。
これには、与党内からも批判が出て、下限年齢を「おおむね12歳以上(中学生以上)」とし、また、調査の対象を「疑うにたる相当の理由がある者」とする「修正案」が検討されているそうです。
しかし、いずれにせよ、子どもを犯罪予備軍と見なし、取締り、調査の対象として、警察に調査権限を与えるものには変わりありません。
奈良県では、これを先取りした条例が、青少年の健全育成という名目で、昨年施行されています。学校の授業時間帯に町を歩いている子どもは補導や指導の対象とされ、不登校の子どもがフリースクールに行こうとして自転車で走っていても「虞犯少年」とみなされ取締りをされるという内容を含んでいます。
一方、文部科学省は、学校での生徒指導、管理において「厳罰主義」=「ゼロトレランス」の徹底を図ろうとしています。これは、どんな小さな規律違反をも見逃さず、厳罰主義で臨むというものです。忘れ物は許さない、服装の乱れは許さない、増して、校則違反は徹底して許さないというものです。規律違反には厳罰主義で臨むことによって規範意識を育てるというものです。
「教育再生会議」が旗振り役になった「体罰規定」の見直しや「出席停止」の積極的活用については、すでに文部科学省から「通知」が出ています。
学校でも地域社会でも、「厳罰主義」が勢いづいています。
これらの動きは、「教育政策」と無縁ではありません。
かつて「教育課程審議会」の会長をし、「ゆとり教育」の推進役を果たした三浦朱門氏は、「100人に1人(1%)のエリートが、この国を動かす。」「非才、無才、凡才は、おとなしく言うことを聞いていたらいい。」「できない子に力を注ぐより、エリートを育てる教育をする。」「エリート教育というと批判が起こるので『ゆとり教育』と言っているだけだ。」と公言して憚りませんでした。
そして、実際、「ゆとり教育」という教育改革のもとで、スーパーサイエンスハイスクールや中高一貫校が作られ、規制緩和によって学校選択が自由化されています。
学力問題で、「ゆとり教育」批判が起こり、「ゆとり教育の見なおし」や「教育再生」などと言われていますが、「教育再生」の名で行われようとしていることは、「学校選択制」であり「教育バウチャー制」の導入です。これは、地域間、学校間の競争をあおるものです。そのための先鞭が「明日行われる「全国一斉学力テスト」です。子ども同士、親同士の競争をあおり、学校間、地域間の競争を激化させる、将に競争主義教育を推進することが「教育再生」のねらいと言えるでしょう。
当然、競争についていけないもの、競争から落ちこぼれるものが出てきます。おとなしくしている分は手がかかりません。しかし、規律や秩序を乱すこども達や反発する子ども達も出てこないとは限りません。そのために、今から厳罰主義を適用しておいて、事態に備えようとするのが「少年法改正案」であり、「厳罰主義」=「ゼロトレランス」だと、私は考えています。
教育政策、少年法など、子どもにかかわる事柄を関連あるものとして見ていくと、政府・与党がどのような子どもづくり、国づくりをしようとしているのが見えてくるように思えます。
今、とてつもない事態が進行しているのだと危惧しています。