事件の加害者の共通性
       2006.6.09


誰も言わないから、誰も書かないから、敢えて、指摘します。
情報も少ないし、私の判断が間違っているかもしれないけれど、とても気になることですから、敢えて、書きます。

秋田の小学生殺害事件の容疑者が逮捕されました。
テレビ番組は、またもや、容疑者の生い立ちや性格に焦点を当て、過剰反応を起こしています。

面白おかしく、あれやこれや、溢れんばかりの内容に中で、少し気になったこととして、容疑者が、小学生の頃、のけ者にされいじめられ、中学生の頃には、使い走りをさせられていたらしいということです。そのことを当時の同級生たちが証言しています。

子どもの頃にいじめを受けていた。

奈良の小学生誘拐殺害事件の加害者にも同様のことがありました。

大阪の教師殺害事件の加害者は、学校に恨みがあった、と言ってます。
京都・醍醐の小学生殺傷事件の加害者も、同じように、学校に恨みがあったといっていました。

山形県であった、一家殺傷事件の加害者は、いじめを受けた仕返しを殺害の理由に挙げています。

これらの加害者は、子どもの頃に受けたいじめや苦しみを、人を殺すほどまでも、引きずっていたといえるのではないでしょうか。

神戸の事件では、加害者は、自分を”空気のような存在”といっていました。

私は、不登校の子や非行に走った子どもたちとのかかわりを通して、子どもたちは、必ず、自分と向き合い、自分の進路を切り開気、自立していくことを学んで来ました。
本来、子どもたちは、そのような可能性を誰もが持っています。

しかし、それには、大事な要件があります。
不登校になっても非行に走っても、丸ごと受け止め、愛してくれる人たちの存在が必要なのです。

たとえ、いじめを受けても、どんなに辛い思いをしても、子どもたちは、自力で立ち上がっていきます。必ず。
そのときに、自分を愛してくれる人の存在が必要なのです。

事件の加害者たちは、そのような思いを感じることがなかったのかもしれません。